古本のおひさま堂がゆくわよ!

子どもの本に囲まれて暮らすおひさま堂が記す、絵本と児童書の紹介・感想・覚書

『ヘンゼルとグレーテル』 井上洋介さんは小さい読者の心象を描いたんじゃないかな?

おなじみのグリム童話ヘンゼルとグレーテル』は、多くの絵本作家さんが特徴のある作品を発表している。

その中で私好みの絵本が、矢川澄子さんが再話し、井上洋介さんが絵を担当したこの作品である。

f:id:etsuko_ohashi:20160805113039j:plain

矢川さんの再話は、昔話の語り口のようで読みやすく、読み手も楽しみながら読み聞かせできる作品だと思う。

ところが、この井上さんの絵については、賛否両論いろいろな意見を聞く。

批判的な意見の中で最も多いのが、お菓子の家の大きさに関するものだ。表紙でわかるようにお菓子の家が小さすぎるというのである。不正確な(?)構図への違和感が批判的意見の中心になっているようだ。

たしかに兄妹が、後に魔女によってこの家の中に招き入れられることを考えれば、このお菓子の家はありえないほど小さい。さらにもっと奇妙なこともある。兄妹を取り巻く黒い森の木々がそのお菓子の家よりもずっと小さく描かれているのだ。これはいったいどうしたことだろう? 私は、作者は明確な意図を持ってこの大きさで描いたと考えている。

まず考えられるのは、実際にはありえない大きさは、2人が、恐ろしい魔女の住む特別な異世界迷い込んだことを表わしているのではないかということだ。実際、物語の冒頭で登場する、ヘンゼルトグレーテルの家の大きさは、とても常識的に描かれており、違和感があるのはお菓子の家が登場するシーンからなのだ。

ただし、予兆はある。夜の森を徘徊し始めたシーンは、たしかに暗闇の怖さがある。でも、木々の姿形は、いつも見慣れた森の木の形であり、夜が明ければ、そこにいつもの森が広がっていることを想像させる。

ところが、3日目からは森の様子が変わってくるのだ、木々の形がその前ページとは明らかに違う。見ようによっては、闇に潜む顔や目・人の形などを連想させる線が、木の表面や陰に見え隠れしている……。その森の様子だけで、何かが起こりそうだと感じ入るし、お話を知っている子は魔女の登場が近いことを知るのではないだろうか?

お話の世界に没頭している小さな読者に、じわりじわりと忍び寄ってくる異世界を連想させる上手い絵だなと思うのである。

さらに言えば、このお菓子の家や森の木々の表現は、小さな読者の心象をストレートに表しているのではないかとも思う。

お菓子の家は、ほかのものに比べてカラフルだけれど、どこか暗い……。お菓子の家を無条件に喜ぶヘンゼルとグレーテルに対して、まやかしが潜んでいることに気づき始めている小さな読者たち。

ヘンゼルとグレーテルにとって、不気味な森の木々が気にならなくなるほど嬉しいお菓子の家の発見とそこに潜んでいるかもしれないまやかしへの不安……小さな読者はその両方を感じ取り、井上はその小さい読者の心象に寄り添って、お菓子の家を描いた。私にはそんな風に思えるのだが、いかがだろうか?

井上洋介さんは、絵本の中にほんの少し奇妙な世界を取り込むのが、とてもうまい作家さんだった。『まがればまがりみち 』や『ならんでるならんでる』などで井上さんの世界にはまってしまった人も多いことだろう。『くまの子ウーフ 』のような、無邪気な絵もよいけれど、時にはこんなちょっとドキドキの異世界を描く作品も面白いと思う!

 

www.ohisamadou.com