読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

古本のおひさま堂がゆくわよ!

子どもの本に囲まれて暮らすおひさま堂が記す、絵本と児童書の紹介・感想・覚書

『帰命寺横丁の夏』 謎解きも楽しいミステリー的ファンタジー

柏葉幸子さんの作品からは少し遠ざかっていた。

私の読み方が浅いのかもしれないが、代表作である『霧のむこうのふしぎな町 』も『りんご畑の特別列車 』も好きな作品だけれど、なんとなく読み終わってから大満足という感じにならなかったから……。

イデアも物語の世界観も申し分ないのに、肝心のところでいつもはぐらかされてしまうような、消化不良な読後感が続いていたのでね。

「えっ? なんで? それで終わり? あと少し書いてほしいなあ……」そんなモヤモヤを味わうのが嫌で、無意識のうちに避けていたのかもしれない。

でも、もしも、同じような方がいらしたら、この夏には『帰命寺横丁の夏』をぜひ読んでみて欲しい。柏葉さんお得意の「温かで不思議なファンタジー世界」を満喫できるだけではない。随所にちりばめられ謎には過不足なく伏線が張り巡らされ、伏線を丁寧に回収していくさまは、まるで上質のミステリー小説のようで見事だ。予想に反した意外な結末も好き。

5年ほど前に刊行された作品だが、未読の方にぜひすすめたい!

主人公は、小学校5年生のカズ。昔、帰命寺(きみょうじ)横丁と呼ばれた場所に立つ旧家に住んでいる怖がりの少年だ。そのカズが、夏休みも近いある夜自分の家で白装束の不思議な少女を目撃する。

「ええ~、幽霊ものなの?」いや、そんな風に決めつけるのはまだ早い。翌朝学校で、カズはその少女に再開する。名前はあかり。不思議なのはそれだけではない。クラスメートやご近所の人、さらにはカズの家族まで、みんな あかりのことをよく知っているという。あかりについての記憶がないのは、カズひとりだけなのだ。

混乱するカズであったが、どうやら謎のすべては帰命寺につながっているらしいことをつきとめる。そこで、夏休みの自由研究を口実に、帰命寺について調べを進めていく。だが、それを快く思わない大人たちがいた!

祈れば生き返ることができる帰命寺様の存在。そう、あかりは帰命寺様の力で、生き返りし者であった。その秘密にたどり着いたカズは、大人たちからあかりを守ろうとするのだが……。

カズの想い、大人たちの想い、そしてあかりの想い……どれが正しく、どれが間違っているとは定められないそれぞれの想いが錯綜する中で、カズやあかりは、そして大人たちは、それぞれが納得できる未来を導き出すことができるのだろうか?

三者の中で、とくに、あかりの想いがやるせない。あかりは死を経験している。生きることに希望を持ち、今この時に存在していることに幸せを感じている。だからと言ってこの作品は、「読者も、あかりのように毎日毎日を精いっぱい生きよう!」などという道徳の教科書のような安っぽい結論にはならないし、「夏休みの間だけ精いっぱい生きて、生きることの大切さをカズに教えて消えていった幽霊」などというありきたりな登場人物の姿も用意されていない。

あかりは強いのだ。そして、その強さの理由に通じる物語が作中に登場する。未完の作品として語られる「月は左にある」である。それは西洋を舞台にしたファンタジー。ここにもまた、よみがえりし者が登場する。この物語を書いた人物ミア・リーとはだれなのか? その謎を解き、「月は左にある」が完結するとき、『帰命寺横丁の夏』という物語に「始まり」ともいえる「結末」がおとずれるのだ。

個人的な好みで、もうひとつ、挿画を手掛けた佐竹美保さんにも触れておきたい。佐竹さんは、金原瑞人さんとのコンビ作品に代表されるような西洋ファンタジーの描き手というイメージが強いが、数十年前の下町を描いたと思われる本作の表紙に唸ってしまった。 今回、半分はこの表紙にひかれて手にしたようなものである。

最初は気付かなかったが、表紙には作中物語に登場する西洋の魔女の姿がさりげなく描かれている。やられたあ! これだから、佐竹さんの絵は、いつも、ぼうっと眺めているわけにはいかないんだよね。

本当に偶然で、意識的に選んでいるわけではないのだが、今年は結構読む本に作中物語が登場する。例えば『ヒットラーのむすめ 』、例えば『不思議を売る男』、そして今回の『帰命寺横丁の夏』。いずれもメインストーリー・サイドストーリーともに面白く、大満足の作品ばかりだ。

1つだけ残念なのは、おひさま堂に『帰命寺横丁の夏』の在庫がないことぐらいだね。

 

帰命寺横丁の夏

帰命寺横丁の夏