古本のおひさま堂がゆくわよ!

子どもの本に囲まれて暮らすおひさま堂が記す、絵本と児童書の紹介・感想・覚書

『口笛のあいつ』 港・密輸・やくざの抗争そしてブルーのコートの女、そんな児童書読んでみない?

児童文学では、闇にうごめく強大な敵との対決を描くファンタジーは多い。

例えばハリー・ポッター、例えば『ホビットの冒険』……本好きな人なら、いくらでも書名を上げることができるだろう。

だが『口笛のあいつ』は、同じく闇にうごめく敵を描いても、そういったファンタジーとは一線を画すとんでもない作品だ。

舞台となるのは架空の港町。主人公の勝次は妹のよし子を連れて、深夜の港を徘徊している。なぜ? 彼は家に帰りたくないのだ。家では両親が仲間とともに花札やマージャンなどの博打に興じている。おそらく、子どもたちが出て行ったことに気づいていないか、気づいていても好都合と思っていたのだろう。

お話は、初版が出された1969年より少し昔のことだと著者はいう。こんな設定がそれほど奇妙でない時代が、日本にも確かにあった……。

夢か現実か、はっきりそれとはわからない中で、兄妹は口笛を吹く男マルクと出会う。胡散臭いというよりは、もっとねっとりしたコールタールのような闇を感じさせる男だ。だが、彼の口笛はなぜか童謡「夕空はれて」なのである。

一方、もう一人の主人公不二夫も、口笛を吹く男デイルに出会う。デイルが吹く口笛の曲も「夕空はれて」である。不二夫は、勝次の同級生だ。そして、不二夫もまた、家庭に問題を抱えている……。

二人の少年は、それぞれが出会った男に犯罪のにおいを感じ、それぞれ独自に調査を進める。彼らの前に、次々に現れる大人たちは、それぞれに少年たちを取り込もうとする。ある男は少年に金を渡し、ある女は遊園地へと誘う。目的は何だろう? 少年たちを麻薬の運び屋にしようというのか?

物語の中では、♪キサス・キサス・キサス♪(それは、アイ・ジョージザ・ピーナッツがカバーしたキューバの曲である)が流れる喫茶店や、輸入品を扱うテーラーなど、いかにも港町にふさわしい場所が描かれて、時代の雰囲気をよく伝えるのだが、その臨場感に反して、現実に起きているのかいないのかはっきりとはわからない謎が、次第に増え深まっていく。

  • 行方不明となった勝次の両親の行方
  • 賭博の胴元に預けられているという妹のよし子
  • 密輸組織の仲間かもしれない不二夫の兄

ところが、それぞれのその後が語られぬまま、物語は唐突に終わりを迎える。

えっ? それで、終わり? 

昭和20年代から30年代にかけてのリアルな日本の描写に対して、あまりに掴みどころのないストーリーに、何とも言えない気持ち悪さが残る。とはいっても、決して批難しているわけではない。

むしろ「日本に、こんな児童書があったのか?」と驚いている。

不条理劇を見たような、独特な読後感に酔っている。

主人公の年齢から考えれば、本書の対象年齢は小学校高学年からということになるのだろう。小学生にこんな本を読ませるのか⁈ いや、すごい時代もあったものだと思う。いろいろな意味で、本気の児童書だね。残念ながらすでに絶版。しかも、流通の少ない稀少本。ねえ、たまには、こんな児童書を読んでみない?